【父を偲ぶ会に寄せて」



先日、父の大切な同志である
KDM(Kumamoto Dentist Meeting)の
先生方が、父を偲ぶ会を開催して
くださいました。
KDMの先生方だけでなく、
北海道、秋田、岩手、岐阜、東京など、
各地から歯科の先生方が
駆けつけてくださいました。

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父が所属していたKDMは、
ヨーロッパからITIインプラントを
日本に普及させた、故・添島義和先生らが
約45年前、当時の熊本の若手歯科医師を
集め、後進を育てる勉強会として
立ち上げた会です。
私の曾祖父が下通りで開業していた栃原歯科や、
添島歯科の若手勤務医らが集まり、
少しずつ仲間を増やしながら、
40年以上にわたって続いてきました。



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40年前といえば、
歯医者は勉強しなくても
左うちわで儲かった時代。
休日はゴルフなどで豪遊するのが
当たり前だったようですが
父たちは違いました。
休みの日も研修ばかりで、休日に
家にいることはほとんどありませんでした。
平日も隔週で集まり、
患者さんの症例を持ち寄って
症例発表と徹底した議論。
勉強会が終わっても、
夜中の2〜3時まで酒を酌み交わしながら、
「どうすれば患者さんの歯を守れるか」を
延々と語り合う。
(ちょっと頭のネジが外れた人たちの
集まりです…😅)




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補綴や歯周病の分野で、日本でも
トップクラスの先生方もおられますが
決して派手ではなく、
【歯医者の良心】のような方々。
症例発表で、もし誤った治療を
選択しようものなら、
「同じ治療を家族にもするのか💢」と
容赦ない怒号が飛び交います😅
そして、治療して終わりではありません。
自分が行った治療が正しかったのかどうか、
30年、40年と責任を持って経過を追い、
検証し続ける。
そんな熱い先生方と、家族のように、時には
ライバルとして、切磋琢磨し続けた40年間。
父にとっても、相当濃密な時間だったと
思います。
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「日本の歯科界は国民の歯を守れていない!」
それが父の口癖でした。
(スケールが大きすぎて、正直恥ずかしかった😅)
患者さんの歯を守るため、
患者教育にも徹底的で、
説明に1〜2時間かけることも
珍しくありませんでした。
また、後進の育成にも力を注ぎ、
自分の知識や技術を、若手の先生方に
惜しみなく伝えていました。
商売敵、という概念は父には皆無。
とにかく日本の歯科界を良くしたい。
患者さんの歯を守りたい。
ただそれだけに、まっすぐな人でした。
暑苦しかったと思いますが、
その純粋さを多くの先生方が
愛してくださっていました。
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偲ぶ会では、
父のエピソードに大笑いしたり
時に涙してくださったり…。
本人は至って真面目にやっていたのですが
やはり強烈な人でした。
それでも、そんな父を面白がり
40年以上もお付き合いいただいたことに
改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

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歯科医師という仕事に
大きな誇りとやりがいを持っていた父。
その背中を見て育った、私と弟。
私はいま、政治という全く別の世界に
身を置いていますが、
「良心」や「信念」という部分では、
大きく変わらないと感じます。
改めて、KDMはじめ、歯科の先生方
そして父に関わってくださいました
すべての皆さまに、
心より感謝申し上げます。



