【鹿児島 尚古集成館と知覧特攻平和記念館】

週末は鹿児島の尚古集成館や
知覧特攻平和記念館に、
息子を連れて行きました。
どちらの展示も隅々まで見る母に
なんとか息子も付き合ってくれて、
多少、関心を抱いてくれたようです。

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島津斉彬公が素晴らしかったのは
あの時代に「日本一致一体」を掲げ、
一丸となって強く豊かな国づくりを。
と、考えたことはもちろんですが、
その思想のもと、何に投資をしたかが
非常に重要だと感じました。
例えば斉彬の3代前の島津重豪は、
将軍家との婚姻関係で薩摩藩の権威を
高めた一方、交際費用などにより
藩の財政を圧迫させてしまいます。
一方で斉彬は産業で人々の暮らしが
豊かになることを重視。
外国への備えとして大砲や軍艦等が
必要である。とする一方で、
「第一に人の和、その次に様々な備えが
行き届かなければ、国難に対処することは
できない」と主張しています。
そして、人の和を作るためには
「諸藩の窮状を救い、産業を興して
富国強兵の基とすべき」と述べています。
ガス灯や、水車動力による紡績事業は
有名ですが、農機具・肥料の改良による
農業生産性向上などにも力を入れました。
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これは現代にも
通じる論理ではないでしょうか?
私は「ただの積極財政」では
国民の暮らしは全く良くならないと思います。
官民合わせて、再エネに
10年で150兆円もの投資をしても
国民は豊かにはなりません。
また、防衛費だけ上げて武器だけ調達しても
肝心の国民が、貧しくなり、自分のことしか
考えられなくなったとしたら…
だからこそ、「ただの積極財政」ではなく
「国民が真に豊かになるための積極財政」
でなければ、意味がないのです。
知覧特攻平和記念館でも息子なりに
話を聞き、真剣に展示を見ていました。

そして何より心強かったのは
来場者の多さでした。
老若男女問わず、多くの方々が、特攻で
亡くなった方々への感謝と敬意を持ちつつ
真剣に展示を見ていらっしゃいました。
もちろん、特攻という悲惨なことは
繰り返してはなりません。
しかし、沖縄に艦船約1500隻、
兵員約18万3000人が大規模上陸し、
そこを拠点に、毎日、日本本土へ向け
飛行機を飛ばし、日本の町を爆撃していたら…
当時は「一日でも爆撃を遅らせ、
日本に残る女性、子供を護りたい。
そして、その人々を足がかりに
もう一度日本を再興してほしい。」
その一心だったのだと思います。

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そして、何よりも言えることは
悲劇を繰りかえさないために
食料自給率、エネルギー自給率は
上げておかなければならないということ。
日本はABCD包囲網を貼られたのですよね?
石油を止められたから、ひとつの理由として
自衛のために戦わざるを得ない状況まで
追い込まれたはずです。
今の政治は、歴史からの教訓を
生かせているのでしょうか。
歴史は年号を覚えるものではなく、特に
国民を護らなくてはならない我々政治家は、
教訓として歴史から何を得るかが
非常に重要です。
政策ももちろん大事ですが、
その上位概念である哲学や
歴史も折に触れて学んで参ります。

